緋忍伝-呀宇種(ガウス)

第二回「呀宇種(がうす)の巫女」
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 構 成: たかおかよしお
 脚 本: 神原正夫
隆盛の治療として、陀吉尼が館に来てから一ヶ月が経過した。
質素だった館の一角に大きな護摩壇が築かれている。これは陀吉尼からの要請により作られた物で、当初それを作る事に対して、紅蘭麻をはじめ家臣の誰もが快く思っていなかったが、材料調達や人足手配等の費用すべてが幻斎の私財で用立てると、文句を言う者は時間が経つに連れ、居なくなっていった。
護摩壇が予定よりも早く出来上がろうとした時、幻斎と共に陀吉尼が紅蘭麻に面会に来た。
「隆盛様におかれましては、極力普段通りの生活をして頂きとうございます。もし殿がご所望なされるような事があれば、この陀吉尼はすぐ参りますゆえ……」
陀吉尼が怪しげな事を幾つも行い、それが目に余るようであれば、それを口実に城中から払おうと算段していた紅蘭麻は、この言葉にある意味はぐらかされ、逆に不安にもなった。
「護摩壇の設営だけで、父の病気が治ると、そなたはそう申すか?」
「後は、隆盛様しだい……すなわち、その御心しだいでございます」
幻斎が紅蘭麻の気持ちを察したつもりで口を挟む。
「ははは……、姫様、ご心配召されるな。陀吉尼の申す通りにしておけば安心でございます」
「……なれば、よい」
しかし紅蘭麻は、陀吉尼の言葉尻に何か含んだものを感じたていたが、今はそれで認める事にした。何も行わないなら、それで結果が出なかった時に追求する事が出来る。結果が出れば、つまり父が回復したのならそれでよい。
何を行おうが幻斎や陀吉尼たちを信用する事は有り得ないのだから。紅蘭麻は自分でそう結論付けた。

だが紅蘭麻の期待はある意味裏切られた。
隆盛が奥に籠もりきりになり、なかなか表に出て来ないのだ。しかし以前の様に床に伏せっている状況ではなく、まるで別の病に罹ったようだった。
その証拠に、たまに武道で発する気合のような奇声を上げたり、差し出された膳を食するだけでなく、さらに倍以上の要求をする様になったのである。
そして毎日昼夜を問わず、陀吉尼が奥へと呼ばれている。
そんな父の行動に対し、あきらかに不審なものを感じていた紅蘭麻であったが、そんな時を狙う様に近頃領内でも騒々しい出来事が頻繁に起きていた。野党や追い剥ぎなどが現れ、領民たちに被害が及んでいると言う。
(嫌な時期に、こうも問題が重なるとは……)
元々領民たちへの思いやりが強かった父に育てられた紅蘭麻は、これを放っておく事が出来ず、また領内が荒らされると月影家の収入にも響く為、そちらを優先的に重臣たちと手分けをして処理にあたっていた。その為、ますます父の事が心配になる紅蘭麻であった。
(守護すると言うならば、こういう時に手を貸してくれればよいものを)
ふと滝壺で出会ったオガルの事を思い出す。あれ以来忙しくて森には行ってはいない。
愛くるしくは無いが、ちょこまかと動き回るその姿を思い浮かべると、フッと笑いが込み上げて来た。
その時、家臣の一人がやって来て、陀吉尼が奥から出てきたと伝えに来る。
「……わかりました」
返事をすると領内から集められた書状に目を通すのをやめ、表情を引き締めて座を立つ。久しぶりに時間を作る事が出来た紅蘭麻は、陀吉尼に詰問しようと息巻いていた。彼女がここに来る時間さえも待つ事が出来ずに、こちらからも部屋を出る。
(今一番の問題は父上の事、あの陀吉尼と幻斎じゃ。父上さえ元気になったら、山賊の類など恐れる事はない)

陀吉尼は今日も父の側に居た。この頃は父の命で、治療の為として陀吉尼以外許可無く奥に入る事を制限されていた。側近だった者だけでなく、娘の紅蘭麻さえ勝手に入る事が出来ない。
(本当に父上が申したのか、正常な判断で下されたのか疑わしい事よ……)
父上も男としての性があっての事であるが、陀吉尼にこの事態を問いただし、理由にかかわらず彼女の治療を止めさせるつもりだった。
とにかく父をこちらの手元に戻さなければ、また昔のように雄々しく逞しい父の姿を見せてもらわねば。

紅蘭麻が奥座敷へ向うと、陀吉尼がこちらへと歩いてくる。物音一つさせずに歩くその姿は妙に妖しげで不気味に思えた。
「ご苦労じゃな、陀吉尼殿」
「これは紅蘭麻姫、姫様こそ隆盛様に変わってのご政務、ご苦労様でございます」
無表情だった陀吉尼の顔に、妖しい微笑みが浮かぶ。その顔が感に障りつい苛ついてしまう。
「そんな挨拶はどうでもよい、あれからどうなっておるのだ?」
「あれから、と申されますと?」
「知れた事を! 殿の、我が父の様態に決まっておるであろう!」
「さようでございましたか。その姫様らしからぬ焦りよう、これは何事かと思いました」
「焦ってなどおらぬ!!」
「そんな大きな声をお出しにならなくとも、充分聞こえておりまするぞ」
「聞こえておるならさっさと話さぬか! 確かに回復しておるのであろうな!」
「ほほほ……さて困りました」
いいかげん進まぬやりとりに、即刻話しを切り上げたくなるが、ぐっと我慢して次の言葉を待った。
「未だ様態が安定しませぬゆえ、どのように説明してよいのか……」
「未だ?」
「ええ、未だ……」
「そなた! すぐにでも病が治ると申したな!」
「お殿様のお気持ちしだいと……申し上げましたが、すぐにでも、などとは……」
相変わらずゆっくりとした話しように、ついに腹が立ってしまう。
「あんな護摩壇まで作らせておきながら、なんの役に立っているというのか?」
「それは、お殿様の病が予想以上に根深いものであらせまして。まだまだお殿様には養生が必要であらせられますゆえ……いましばしのご猶予を」
「もう待てぬ。返って前よりひどくなっておるのではないか? と、家臣の間でも囁かれておるのじゃ」
「ほほ……。姫様ともあろうお方が、下司の噂を真に受け、この尼を評定なされると?」
「いつになったら元のような父上になるかと訊ねておる!」
こちらで呼んだのではなく幻斎が連れてきたくせに、なぜここまで頼らなくてはならないのか?
父上が承諾してしまったのだから仕様が無いが、陀吉尼との会話からは、その父の様態が一向に掴めない。紅蘭麻はこのやりとりそのものが馬鹿らしくなってきている。
「そのように急がされましても、治療に時間が必要と言う事は、先程も説明致しました通り……」
「そなたの報告のみでは、もはや納得は出来ぬ。なぜ、私ですら殿に謁見する事が叶わぬのだ?」
「それは姫様もご存じの通り、お殿様よりの仰せにより、皆様をお近付けにならぬように、との……」
「娘の私ですら、近付けぬと申したと言うのか?」
「娘だからこそ、病に冒されたお姿を、見られとうないとのお達しなのでございます」
罠に掛かるのを待っていたかのように、陀吉尼の言葉が続けられる。
「もし治りかけであった場合、ここでご無理をして、今より様態を悪くせぬよう、万が一、姫様をはじめ皆々様にご病気を移してはならぬ……と言う、殿の慈悲深いご配慮がおわかりになりませぬか?」
そう来られては、紅蘭麻は言葉に詰まらざるを得ない。
「私は幸いにして、それを防ぐ術を心得ておりましたゆえに、ご病気を治す役目を仰せつかったのでございます。しかし例えそのような身ではなくとも、お殿様の病が治れば、この身などどうなっても構わない覚悟でありますゆえ……」
(白々しい事を……)
泣き真似までするこの女と、同じ場所に立っている事さえ嫌になる。既に歯がみする思いだった。
「そなたは、移るような病だとは一言も言っていなかった」
「万が一とお考えなのであります。姫を思う殿の御心を、どうしてわかっていただけぬのでしょう」
「無礼な! そなたに言われとうはないっ!!」
「姫様、奥座敷とはいえ、少々お声が大きいでございますぞ」
「これは幻斎さま」
(またやっかいな者が来た……)
紅蘭麻は嫌な顔を露骨に表してしまったのを悔いたが、しっかりと幻斎に見られたに違いない。
「陀吉尼よ、そなたも姫様のお気持ちを察して、融通を利かしてもよいのではないか?」
だが幻斎はその事を知ってか知らずか、陀吉尼の意見に反対を述べている。
「ですが……」
「姫様。親を思う純粋な子の気持ち。この幻斎の心に強く響きましたぞ」
「…………」
紅蘭麻は幻斎の意図が読めず、迂闊に相槌を打てない。
「のう陀吉尼。他ならぬ姫様の頼み事じゃ。殿に伝えて、お姿をお見せしていただいてもよいのではないか?」
紅蘭麻の気持ちをくみ取ってあげているのだと、恩着せがましく幻斎は続ける。
「姫様のお姿を見ていると……、わしも、目頭が熱うなってきてのう……」
今度は幻斎の泣き真似を見せられる。
(本心だと申すか?)
「……承知致しました。幻斎殿までがそのように仰るのであらば……」
紅蘭麻は二人の会話の間でとても息苦しく感じられた。
(まるで茶番ではないか……)
「ふむ。そうしてくれるか?」
「ですが、あくまでもお殿様のお体が一番であると言う事は、重々ご承知おき頂きたく」
「うむ。承知しておる」
「少しでも、お体に触れるような事がありましたら、謁見は中断させて頂きます」
結局、幻斎が紅蘭麻に恩を着せたような話になっていたが、とにかく父に会えればと思い、無理に話しに割り込もうとは考えなかった。
(まずは父上にお会いできれば……)
「姫様もこれでようございますな?」
幻斎の同意要求に、紅蘭麻は短く応える。
「それでよい」
「この通りじゃ陀吉尼。よいな?」
「はい、では。お殿様に言上して参りますので、謁見の間でしばしお待ちを」
「頼むぞ」
そして陀吉尼は、また物音一つ立てずに奥へと消えて行った。
「紅蘭麻姫様。よかったでございますなぁ。この幻斎も……」
「よい。……会えれば充分じゃ」
幻斎の言葉を遮って、会話を終わらせようとするが、それでも幻斎はわざと聞かせるように話し続けた。
「いいえ、姫様のお気持ちを考えれば、当然の事をしたまででございます」
「…………」
幻斎をチラリとだけ見ると、紅蘭麻はさっさと謁見の間に向かった。

「殿のお出ましじゃ」
襖の向こうに聞こえる衣擦れの音を、以前の隆盛の側近がいち早く気付いた。その言葉の調子は嬉しそうに弾んでいる。それに釣られて揃った家臣たちも、期待に胸を膨らませている様子が見て取れる。ほとんどの者が紅蘭麻の生まれる前から仕えており、父と共に戦場を駆け抜けた大切な家臣たちだ。自分よりもずっと、健やかだった父を知っているのだから、喜びもひとしおだろう。しかし紅蘭麻にだって、彼らと負けないくらいの思いであった。
(父上……)
紅蘭麻は儀礼的に頭を下げて、隆盛が上座に座るのを待つ。やや斜め後ろに控えている幻斎もそうしているようだ。
すると一つの人影が、上座である壇上に現れた気配がする。だがその人影は、やや危なげな足取りで中央の席まで来ると、すとんと力が抜けたように座り込む。
(あやつの言う通り、まだ回復しておられぬのか……)
続いて現れた人影が、紅蘭麻より後方に移動するのがわかる。
(陀吉尼め、父の前でどのような言い訳をするつもりじゃ)
自分の位置では、その陀吉尼の表情が伺えないのが残念だった。

「父上にはご機嫌麗しゅう」
家臣一同の代表として、紅蘭麻は声をかけながら顔を上げて、正面に座る父の顔を見た。
「……!?」
そこに変貌した男の姿があった。頬も痩けかつての精悍な顔付はなく、日に焼けたのとは違う薄黒さに、肌のツヤも張りもない。体の肉の厚みは変わらないようだが、逞しかった筋肉が落ちており、袖から出た腕には血管と筋の方が目立っていた。何より、時には鋭く猛禽のようであり、時には優しく向けられていた眼差し、そんな眼光や輝きだけでなく覇気そのものが感じられなかった。ただ虚ろに焦点の合わない抜け殻のような眼が座っているだけだった。
(なんとした事じゃ? 食欲は旺盛だったと聞いておるが……)
家臣たちにも同じように、驚きと同時に落胆を受けたようで、その感情の変化が紅蘭麻にも伝わる。
紅蘭麻自身、想像しえなかった父の姿に対して言葉に詰まったが、必死に声を絞り出した。
「……父上」
「……」
返事はない。
「父上」
「…………」
気を取り直して、紅蘭麻が呼びかけてもその方向を見る事もない。相変わらず背を丸めて、くしゃんとしゃがんだだけの姿。口も力無く開いたまま、数度呼びかけてもその態度は変わらない。
「父上!」
「……はぁ……」
紅蘭麻の強めた呼びかけに対して、やっと帰ってきたのは、気の抜けた生返事だけであった。
(何をしておったのじゃ、あの尼め!)
紅蘭麻が怒りに後ろを振り向いた時、その尼から声が掛かった。
「殿、お言葉を」
「……おぉ」
陀吉尼に怒りの目を向けていたのを、慌てて隆盛の方へ向き直る。
隆盛が陀吉尼の発した言葉に相槌を打っている。紅蘭麻の問い掛けにははっきりとした返事をしなかったのに、陀吉尼の言葉には反応があった。それも嬉しそうに。
紅蘭麻にとってはとても屈辱な出来事である。
「……おぉ……、みなのも、の……」
隆盛の視線が、やっと控える紅蘭麻と家臣たちに向けられる。しかし紡がれた言葉はあまりにか細く、この間にいる全ての者が聞き取る事が出来ない。
それでも家臣たちが父の言葉を聞こうと、ざわめきを控えてその方向に顔を向ける。
一斉に自分を見た人々に気がついたとたん、隆盛の態度が変化した。
おどおどして落ち着かないようで、目線も泳いで散漫になり、しだいに額に脂汗を浮かべ始めた。唇がわなわなと震え、何か言葉を述べようとしている。
しかし発せられた言葉は、また紅蘭麻たちを落胆させた。
「だ……だ、誰か! そうじゃ! だ……だ、きにを、陀吉尼はどこじゃ!!」
隆盛が発したのは驚きの言葉だった。しかも甲高く裏返った声で、事もあろうに紅蘭麻にとって忌々しい尼僧の名を連呼した。
「殿ご乱心!」
家臣の誰かが叫んだ!
「父上! どうなされたのです!?」
「……ぁぁあっ……、おぁっ! だ、だきにっ!」
紅蘭麻が叫びながら側に駆け寄っても、隆盛は脅えたような表情で娘の顔を見ずに、言葉にならない呻きを上げているだけであった。
「お殿様をすぐに寝所へ!」
「ぉおお、早く、早く奥へ連れて行くのじゃ!」
陀吉尼の声が響き、幻斎も同調する。
「陀吉尼! どう言う事じゃ! 父上はどうなったと言うのじゃ!」
家臣たちも驚いてとっさに動く事が出来ない。紅蘭麻は陀吉尼へ詰め寄ろうとするが、誰かが袖を持ち、そして肩を掴まれ、その場に引き留められる。その間に隆盛は陀吉尼に肩を抱かれて、やっとの足取りで奥へと連れて行かれる。
「ち、父上っ!」
「姫様、見ての通りでございます! まだお殿様が表に出てこられるのが、早過ぎたようでございます」
振り返ると紅蘭麻を引き止めたのは幻斎だった。
「離せっ! 父上を助けるのじゃ! これは、以前より、以前より明らかに!」
幻斎の態度に紅蘭麻の怒りが爆発した。
「だ、だきにっ! 陀吉尼はどこじゃぁっ!!」
「お殿様、私はここに、ここにおりまする……」
連れられながらも陀吉尼を呼ぶ隆盛の声が響き渡る。相変わらず脅えた男の声だ。既に陀吉尼に助けられていると言うのに、その事に気付かないほど動揺している。
「父上! 父上っ! 待て、陀吉尼っ! 待たぬかっ! 父を戻せっ!!」
結局、隆盛は必死に呼びかける紅蘭麻の声に一切反応せず、陀吉尼の名前を称えたまま、彼女に抱きかかえられ奥へと消えて行った。
「姫様、ここは堪えなされよ! 今のお殿様には陀吉尼が必要なのです!」
それでも陀吉尼に追いすがろうとする紅蘭麻を、幻斎が掴んで引き止める。その力は不思議に強く、遂に紅蘭麻の伸ばした腕さえ掴まれてしまう。
「離せ汚らわしいっ!」
やっと動けるようになった家臣たちが、見兼ねて紅蘭麻と幻斎を引き離す。幻斎の体から離れ、衣服を正して今度は幻斎に怒りを向ける。幻斎に触れられた事で、紅蘭麻の怒りが一層湧き上がる。
「やはりお前の! お前とお前の連れてきたあの女は信用できぬわ!」
「姫様!!」
「落ち着きなされ姫様!」
「幻斎殿これは」
「どう言う事じゃ!?」
「殿は!?」
「何と言う事じゃ!」
家臣たちは口々に言葉を発しながら、事態の収拾を付けようとしている。ここにいた他に、何人かの家臣が騒ぎを聞きつけてきたり、また殿を追って奥に走って行く者もいた。
「皆様、静まりなされ!!」
「……!?」
この時、幻斎の力強い言葉が発せられる。
「姫様も、家臣の手前でございます。ご平穏になされますよう!」
「くっ……!」
悔しいが、その声に徐々に冷静さを取り戻しつつあった紅蘭麻だった。家臣たちも慌て騒ぐのを止め、この場の成り行きを見守り始めた。
幻斎はここぞとばかりに、演説と言うより説法を開始する。
「各々方もその目でしかと見たであろう? 陀吉尼の申す通り、殿は今しばらく奥での療養が必要なのじゃ! これは典医である、この宍戸幻斎の正式な申し付けである」
少しも予想していなかった光景を見せられ、回りの家臣たちはそのたった一言で金縛りに掛かったかのように動かなくなる。
「いや、あの女と一緒にいるから、父上がおかしくなってしまったのじゃ!!」
それでも突っかかる紅蘭麻。
「姫様のお気持ちは、この幻斎も充分わかりますぞ。しかし、残念ながら陀吉尼の判断に誤りはなかった様子」
「だまれ! 陀吉尼の治療など……」
「殿の御変容を見て、気が動転なさるのは仕儀なき事。ですが、もはや陀吉尼に任せる以外、手だてがないのは火を見るより明らかでございます。どうかお収め下さいますよう」
しかしどうしても、この二人のいいなりにはなりたくない。
「……くっ!」
「お父上の為を思えばこそです!」
紅蘭麻は頭に血が上り、もうどのように反論していいのか判らなくなって来ていた。
家臣たちは既に幻斎の言葉に飲みこまれ始めており、誰も紅蘭麻の助けになるような事は発言しなかった。
「紅蘭麻姫様!」
「姫様! 落ち着きなされ!」
「あのまま任せるしかありません!」
「左様です、姫様!」
家臣たちが口々に紅蘭麻を説得にかかる。
「おお、紅蘭麻姫様。よいご家来衆ではありませぬか?」
「お前たち……」
回りがそう納得し始めた為に、紅蘭麻だけが我侭を言っているような立場になってきている。
「陀吉尼は治療の術に精通しております。やはりここは陀吉尼に任せ、静かに見守るのが一番なのですぞ!」
「ん……ぐっ!」
紅蘭麻にはもう言い返す事が出来なかった。
(嵌められた。やはりこれは茶番だったのだ!)
「方々、今の事は全てご内密にお願いしますぞ!」
家臣一同その言葉に深く頷く。完全にこの場は幻斎に仕切られてしまったのだ。
紅蘭麻ははらわたが煮え繰り返る思いで、唇を噛み締めていた。
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