緋忍伝-呀宇種(ガウス)

第二回「呀宇種(がうす)の巫女」
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 構 成: たかおかよしお
 脚 本: 神原正夫
その夜、紅蘭麻は森の中にある滝壺に向かっていた。
(やはりオガルに相談するほかない)
紅蘭麻は自分の考えの他に、血の意志がそうさせているのを感じていた。
良い方法がある。早いほうが良い。早くしなければならない。

館を出る時、ちょうど月が雲に隠れ紅蘭麻の姿が暗闇に同化した為、誰にも気付かれずに済んだ。
今では雲から出た月が、森の道を煌々と照らしだしている。これでは迷う事などない。今宵は満月ではなかったが、紅蘭麻は神秘的な力を感じていた。
(やはり私は月に護られているかのようじゃ……)
そう思うと安心して滝壺へと急ぐ事が出来る。月への感謝を忘れない紅蘭麻だったが、ふと父の事を思うと、すぐに幻斎と陀吉尼が互いにほくそ笑んでいる光景が、心に浮かんでしまう。
(その事を振り切る為にも!)
紅蘭麻はさらに月に思いを念じて滝壺へと向かった。

「オガル!!」
水辺に着くと紅蘭麻はその小さな守護者の名前を叫ぶ。
すると暗闇の水面に波紋が広がったと思うと、バシャッと波飛沫をたてて、オガルが姿を現した。
「姫様、そんな大声を出さねえでも、ここにおるでやすよ」
「おお、オガルそこにいましたか!」
小さくて不思議な生き物だが、今の紅蘭麻にとっては最も頼りになる存在だった。

紅蘭麻は、今までの出来事を掻い摘んで話した。
「ふうむ~」
オガルは腕を組んで、顎というかクチバシに手をあてて考え込む。まじめに考えているところなのだが、相変わらず滑稽に見える。
「やはりその2人妖しいですなぁ」
オガルは、自分たち精霊に感じられる不可思議な気配の事を語った。月影の館全体に、霞か靄のように覆いかかっている、得体の知れないモノがあると言う。
そんなモノの中で日々生活していたと思うと、紅蘭麻は今でも吐き気がしてくるようだった。
「今からでも、そなたと共に父を助けたいのですが……」
「いや姫様、あっしは無理だ」
「え?」
「あっしのこの姿を、城中の奴らに見つかったら、どうなると思います?」
「それは……」
紅蘭麻は、オガルを改めて眺める。明らかに人ではないその姿……自分が最初に出会った時の恐怖を思い出した。
「ますます姫様の立場を悪くしちまいますぜ」
「ですが私だけでは……。このままここにいる訳にも……」
異様な気配のするところに父や家臣を残して、自分だけ安穏としている事など、紅蘭麻には考える事も出来ない。しかし幻斎と陀吉尼に対抗しいずれは追い払う為には、もう一人の力では限界があった。
「こうなりゃ。新たな護り部を呼ぶしかありやせんな」
気落ちする紅蘭麻に対し、オガルは元気付けようとしてか、自信満々に応える。
「新たな護り部? オガルの他にも護り部がいると言うのですか?」
「呼び出すにはちぃと時間が掛かりやすがね。まあ、四五日中には……」
「それは、どのような……?」
「姫様はそいつらが来たら、お館に招き入れればいいんでやす。周りが何か言ったら、そいつらと適当に口裏を合わせてくだせえ。ケケケ」
「そいつら?」
「ああ、二人組でやすよ。ま、見た目は人間の娘でやすから」
「娘……?」
「安心して、しばし城でお待ち下され」
それ以上の事をオガルは語ってはくれなかったが、協力者が現れると言う事が、紅蘭麻にとって励みになり、落ち着きを取り戻す事が出来た。
紅蘭麻は今、館へと夜道を戻っている。その道はやはり月明かりに照らし出されており、彼女を包み込んで護っているようだった。

翌日。紅蘭麻は夜に出掛けた事など無かったように、いつもと変わらず時間に起き出した。そしていつものように町の様子を見に行こうと大手に来たところ、なにやら騒がしい事に気付く。見ると二人の門番と誰か他の者達が、言い争いをしているところだった。
「どうしたのだ?」
「おお、これは姫様」
「何を騒いでいるのです!?」
「怪しい女どもが、館に入ろうとしておりまして」
門番と言い争いをしていたのは、二人の女性のようだった。
「この者たちは?」
「あ、月影の姫様であらせますね?」
「話よりべっぴんさんやわ」
「姫、お下がり下さい。こやつら姫様に会わせろと、無断でこの館に入り込もうとしていたのですぞ!」
銀色で大きく広がっている髪を持つ女性が、大げさな身振りでこっちに声をかけて駆け寄ろうとするのを、門番が慌てて押し留める。
「あんっ! 変なとこ触らんといてや!」
「ち、違う!」
この女性は言葉の感じからこの辺りの生まれではないらしい。それに派手な身振り手振りで、相手が翻弄されている。今でも門番の手が誤って女性の胸に触れてしまいそうなところを、これまた大げさな素振りで身をひねる。
「門番様。唐突な来訪の非礼とご無礼はお詫び致します」
もう一人の女性。こちらは対照的に礼儀正しい感じで、優しい笑顔で門番に謝る。すると頭巾が仕草に合わせて動くのが可愛らしい。
「ぇ、ああぁ……」
「しかし、無断ではありません。お話をさせて頂ければ、わかりますと申していたのです」
だが発言の時にはきっと真面目な表情になる。自分の行動にはっきりと自信があるのだろう、凛々しくて気持ちがいい。
「せや、はじめっからそう言ってるやないの!」
「何だと!」
こちらの女性は相変わらず、なれなれしく浮ついたような雰囲気を持っている。相手によってはこの門番と同じように怒り出してしまうだろう。
「姫様や! あたしたち姫様の為に来たんやで」
「こら! 姫に対してなれなれしい!」
「いえ、姫様の為に来たのは本当ですわ」
「それが怪しいと言っておるのだ!」
「こんなお淑やかな乙女が怪しいなんて、おっさんどんな眼がついてるんや!」
「お、お淑やかだと?」
「そっちはともかく。お前が言うか!?」
二人の門番もムキになって言い返しているが、微妙に間を外されたやりとりに、どうも本気が出ないようだ。
「な!? 失礼なやっちゃな!」
「ほほほ……、残念ねぇ」
「あ~っ、笑ったな! そりゃないで!」
その勢いで門番をほったらかしにして、女性二人だけの会話になってしまう。
「もう~っ! 何でこんな話しになったんやぁ!?」
「何言ってるのよ。あなたがややこしくしたんじゃない?」
「んな事してへん。めんどい事を省こうとしてただけないか?」
「それがいけなかったのよ」
「こんなとこで足止め喰らってる訳には、いかんやろ!」
「正しい手続きをとった方が、うまく行く場合もありますわ」
「お前らぁ! 静かにせぇ!」
なかなか会話に入り込めない門番が、思い切って大声を出す。
「今、取り込み中やねん、あんたは黙っといて!」
「な、な……、話を聞け!」
しかし、お淑やかと言った女性の方に一括されてしまう。

「ふふっ……」
漫才のようなやりとりに、思わず笑みがこぼれてしまう。
(そうか。この二人がオガルの申しておった者かもしれぬ)
紅蘭麻は、まるで初めから門番も含めた形に仕組まれていたかのような二人の掛け合いを、このまま見てみたい気持ちがあったが、可愛そうな門番の為に、この場を引き取る事にした。それにこのまま騒ぎを続けていると、幻斎に難癖つけられるかもしれない。小さな事だが、この二人が正に新たな護り部だとすると、この後都合が悪い。
「思い出しました。先日新たに侍女を雇ったのです」
「ひ、姫様!」
「それでは!?」
門番が紅蘭麻の方を振り返り、驚きの声を上げる。
しかしその表情は、怪しい人物を中に引き入れる事よりも、この女性たちとのやりとりが終了する事に期待をしているようだった。
「そうです。この二人です」
「はい。侍女として勤める為に参りました」
「そうやで。ほら姫様もそう言ってるやん」
「はぁ~」
「心配は要りません。通して下さい」
「はっ……わ、わかりました」
面倒な事が済んで、安心した様子の門番たちは、威厳を取り戻そうと女性たちに指図する。
「ほら、入れ」
「ありがと。通してくれたらそれでええねん」
「おぅ!?」
そんな態度に構わず銀髪の女性は門番に抱きつく。
「ふふふ……、お役目ご苦労様です。ではまた」
「あははは……」
頭巾の女性はもう一人の門番の耳の側で、艶めかしく囁く。

「二人はこちらへ」
紅蘭麻に従って、二人の女性が屋敷に内に入る。
残された門番たちはデレ~ッとした締まりの無い顔をしていたが、互いの目が合うと、どちらからともなく咳払いをして、 厳 ( いかめ ) しい面構えが必要な、本来の仕事に戻った。

「さて……、あなた方は、一体何者ですか?」
紅蘭麻の私室に通された二人は、その足下に跪き畏まって応えた。
「お初にお目に掛かります姫様。私の名は 楓 ( かえで ) 」
頭巾の女性が頭を上げる。
「ウチの名は、 桃 ( もも ) 花 ( か ) や」
銀髪の女性も続けて答える。
「私たちはオガル殿の要請により参上致しました、姫様の護り部でございます」
「ウチらが側にいて姫様を護ってあげるで、もう心配せんでええよ」
「やはりそうでしたか」
「よろしゅうな」
「お見知りおきを」
僅か一晩だが、待ち望んだ護り部が来た事と、見た目にも近しい年齢の二人に接する事ができて、紅蘭麻はかなり安心する事が出来た。
「姫様、ウチらにそんな堅苦しい心遣いは無用や」
「どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
二人の言葉がさらに頼もしく感じる。
「ふふふ……、わかったわ。頼みますよ」
「はい」
「任せとき」
紅蘭麻はこの対照的な二人の護り部とすんなりうち解ける事が出来きた。彼女たちと一緒にいるととても安心できる。そして二人をよこしてくれたオガルにも忘れずに感謝をした。

紅蘭麻は早速、二人に現在の月影家の状況、父隆盛の有様と現れた幻斎、陀吉尼の事を打明けた。大まかな事はオガルから聞いていたようで、話しが早々と進む。
「姫様、その二人このままにしてはおけませぬ」
「そやな、悪いヤツに間違いないわ」
「しかし我が父は人質に取られたも同然。奥で何が行われているか……」
「よっしゃ! 楓ちゃん、早速動いてみようか?」
「そうね。まずは何者なのか調べないと」
「調べると言っても……一体どうやって?」
まだ二人の事を全て知った訳ではないので、どのような方法で調べるのかが気になる紅蘭麻。その問いに簡単に答える楓。
「今夜、奥座敷に忍び込みましょう」
「今夜?」
「殿の様態が気がかりです。手遅れになってしまってはいけませぬ」
「その通りや」
二人の自信に紅蘭麻も勇気付けられるようだった。このまま二人に任せても安心だと思う。
「では、お願いします」
「姫様。そんな心配せんでええ。ウチと楓ちゃんに任せとき」
「まずは気付かれてはなりませぬ。姫様は普段と変わらぬよう過ごし下さい」
「承知致しました」
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