緋忍伝-呀宇種(ガウス)

第三回「希望への脱出」
序 章へ
_1_ _2_ _3_ _4_
 構 成: たかおかよしお
 脚 本: 神原正夫
紅蘭麻がそっと目を開ける。だがその周りが薄暗闇なので、自分はまだ眠りの中にいるのかと考えた。
床は板張りでヒンヤリとしており、静かで通り抜ける風も無い。その為、紅蘭麻は自分が座敷奥のどこかの部屋で、転寝でもしてしまったのかと思った。
それにしては床に何も敷かず、上着も着ずに寝ていたようで少し肌寒い。今のままではまた侍女に怒られてしまう。それより父に知られたら、また姫らしく無い事をと、嘆かれてしまうだろうと。
「父上!」
父の事を思ったとたん、声と共に体を起こした。しかしなぜか体が思うように動かず、上体を起こせないまま再び床に倒れ込んでしまう。
「うっ!! な……、っくっ!!」
肩から落ちて鈍い痛みがズキズキと感じられる。それを気にしながら、今度は自分の状況を確かめるように体を動かしてみる。すると両腕と両脚とが互いに縛られている事に気付いた。
「くっ……、このような……」
紅蘭麻は痛みが引くのを待つように、そのまま寝転がった状態で今までの事を考える。
(ここは………………どこじゃ……)
同時に暗闇に目が慣れてきた。三方の壁と上下が分厚い板によって囲まれている。残り一方の壁だけ、格子状に木材が組み合わされていて、格子の向こうは通路になっている。反対側にも同じように格子のついた部屋がある。通路側からも僅かしか光が差してこないので、真っ暗闇に思ったのだろう。
(たしか……武芸者のような男に出会うまで……)
記憶が徐々に蘇ってきたので整理しながら考える。ここは目指していた牢獄に違いない。ここに閉じ込められている父を助けるはずだった。しかし今は自らが捕らえられている。
ハッと父の事を思い出し、暗闇に呼びかけてみる。
「父上!! おりませぬか父上!?」
しばらく耳を澄ましてみるが返事はなかった。この牢獄は幾つか雑居房や独房が作られていたはずだが。どの辺りに自分がいるかはわからない。
「父上!」
どこかに父上もいるかと思ったが、残念ながら他の者の気配すら感じる事が出来なかった。
(くっ……あれから、何時立ったのじゃ?)
その時、木戸の 閂 ( かんぬき ) を開ける音がした。この牢獄の建物に入口は一つ、中の通路も一つしかない。確実に誰かがここへやって来ようとしている。キシキシと鳴る階段の軋みと衣擦れの音からすると、二人以上の者が連れだっているようだ。
紅蘭麻はその者たちが来る前に、今度は壁伝いに起き上がろうと考えた。
自分の所に来る者と言ったら、今はあやつらしか考えられない。紅蘭麻にとって会いたくはないが、会わなければならない相手である。しかしどうせ会うのだったら、この状況とは逆の立場でありたかった者たちだ。だから尚の事、床に転がったままの姿では会いたくなかった。
紅蘭麻が体を起こした時、ちょうど格子の外側にその者たちが姿を現した。

「おお? お目覚めになりましたか姫様」
紅蘭麻は声の主である幻斎を睨み付ける。僅かな光の中、更に逆光になっている為に顔は確認出来ないが、その背格好と声は忘れた事などない。
「姫様と呼ぶには、とても相応しくない扱いだな!」
「はははは……、姫様にはここはお気に召しませぬか?」
強がる紅蘭麻に対し、勝ち誇ったように幻斎が答える。
「幻斎! 父上を閉じ込めるに飽き足らず、私にまでこの様な無礼な仕打ち! いったい何を企んでおるのじゃ!」
紅蘭麻は縛られてなお、毅然とした態度で幻斎に詰問する。
「いったい父上に何をさせる気じゃ!?」
「ふむ。誠健やかなお方じゃ。これではどちらが捕らわれているのかわからぬのう。それに相変わらず、親思いの出来た姫様じゃ。誠良い心掛けに、この幻斎感服いたしますぞ」
「そのような世辞など要らぬ!」
「のう百々目もそう思うであろう?」
「御意」
後ろには百々目が控えている。あの時、自分を捕まえた武芸者風の男だ。
幻斎は自分の部下を密かに呼び寄せており、きっと館の中にも、たくさん来ているに違いない。そう思うと紅蘭麻は激しい怒りを覚えた。
(領内に如何ほどの者たちが入り込んでいる事か……)
「姫様は縛られただけではお気に召さないようじゃ。それでは即刻、それに相応しい扱いをするがよい」
「畏まりました」
「なんじゃと!? 私にどのような事を行おうとも! 正気にさえ戻ればこんな事に動じる父ではないぞ!!」
今の紅蘭麻にはどんな拷問であろうと、父を助ける為に耐え抜く自信があった。屈辱的に縛られていても、その為に溢れて来る勇気なのである。
「ははは……、どうやら姫様は、まだご自分の事がよくわかっておられぬようじゃ」
「そのようでございますな」
「……なんじゃと!?」
つられて聞き返してしまうと、そんな紅蘭麻に対して、幻斎は重々しく口を開いた。
「我らは何年もそなたを待っておったのだ。呀宇種(ガウス)の巫女どの」
紅蘭麻はその言葉に衝撃を受けた。
「な? ……ど、どうして……それを……」
「知っておるのかと?」
「…………ぐっ……」
慌てて表情を正し、口を噤んだが、紅蘭麻の額に嫌な汗が流れた。
「ふはははははははは……」
「な、何が可笑しいっ!」
幻斎にただ笑われただけで、自分のこれからの事だけでなく、全て裸を曝け出されたような感覚が体を走ってしまう。
(き、気持ち悪い……)
満月と血の意志から聞いた事を、自分でさえ最近知ったばかりの事を、この男はどこまで知っていると言うのか?
いやらしい笑みを浮かべたこの男は、いったい何を行おうと言うのか?

「今宵は満月。姫、そなたは呀宇種の者を召還せねばなりませぬ」
幻斎の言葉に、意志に見せられた映像をも思い出してしまう。
召還の事。即ち交合の事だ。あの儀式を行った満月の晩に、遙かな遠い物語として見せられた、月影の一族の成り立ちの事を。
息が荒くなるのを感じ、体中に少しずつ汗を掻き始めている。
「し……、召還だと!?」
自分の顔色の変化はこの薄暗闇が隠したかも知れない。だが声の上擦り具合などはわかってしまうだろう。しかし動揺を悟られまいと必死に声を絞り出す。
「そ、そのような事、出来る訳が無かろう!」
「なるほどさすが姫様。どうすればよいのか、既にわかっておられるようじゃ」
「し、知らぬわ、そんな事!!」
そうは言ったが、紅蘭麻の心の内はやはり筒抜けらしい。
(……知って……、おるのか……)
こやつらの目的ははっきりとわからないが、呀宇種の者を召還してどうしようと言うのか?
紅蘭麻はどこか遠い場所で、自分の運命が握られているような感じがして、恐ろしくて溜まらなくなってきた。自分の血の気が引いていく音が周りに聞こえるようで、首から肩、体、手足に力が入らなくなり、目線が定まらず落ち着かない。もし立っていたら、その場に崩れ落ちていただろう。

もしかしたら、この世の中によい行いをしようと考えているかも知れない。しかしどんな正当な理由があろうとも、父をあのように変えてしまい、自分にこんな仕打ちを強制する、こやつらの為に協力する事など少しも承諾なんて出来ない。ましてや召還には、交合を行うと言う事を……。
そんな考えが巡っていると、お腹の奥底に何か熱い塊があるような感じがする。つい下腹が女としての本能に反応し始めてしまったのだろうか。
こんな時に!? と、そんな自分が嫌になってしまう。

「ならば仕方がありませんな。言う事を聞かぬのなら、聞かせるまで」
紅蘭麻が否定する事は想定していた様で、幻斎は傍らに控える百々目に視線を移す。
「百々目。そなたの出番じゃ」
「承知」
すると懐から鍵束を取り出した百々目は、低く小さく作られた格子戸を開けると、身を屈めてすっと中に入って来た。
紅蘭麻はその一連の動作をただ見ていた訳では無く、とにかく立ち上がろうともがいていたが、手足の自由を奪われていては結局どうする事も出来なかった。
「下郎! そ、それ以上近付くでないっ!!」
音も無く近寄る男に、唯一自由な口を動かして抵抗をする。しかし容易く接近を許して側に立たれると、その男から強い威圧感と不気味さを感じた。
「余計な怪我をおわせたくはない」
「くっ……ぁっ!」
伸びて来た腕に難なく肩を掴まれ、百々目の方を向かされる。
「離せっ! 汚らわしいっ!」
「覚悟召されよ」
「……ぅあぁぁっ!!」
百々目の手が襟元にかかったかと思うと、ビリリと大きな音を立てて布が裂かれる。衣服の上着だけが破られ、下の肌襦袢が見えてしまっている。
紅蘭麻は拷問に耐え抜く自身は持っていたが、いきなり衣服を破かれるとは予想外だった。
「な、何をする下郎!」
驚き慌ててしまったが、それでも領主の娘という立場が、強めの態度と口調を崩さない。
「痛い目に遭いたくなかったら、大人しくしていて貰おう」
「やっくっ! やっ、やめろっ!!」
しかし百々目は、所詮縛られたままの貧弱な抵抗など物ともせず、衣服を剥ぎ取ってしまった。
今度は肌襦袢だけの姿で、床に転がされる。
「くっ……、この様な辱めを受けても、お前たちの……、お前たちの言いなりにはならぬ!!」
紅蘭麻は泣きそうなのを堪え、せめてもの抵抗できつく百々目を睨み付ける。同時に服が無くなった分、少しでも縄目が緩くならないかと必死に手足を動かす。しかし次に想像しなかった異形のモノを見る事になる。
百々目には両の目の他に、額にもう一つの 眼 ( まなこ ) があり、それがじっとこちらを見つめていた。
「……そ、……そなたは、一体……?」
そのまま目を見開き、息を呑んで固まってしまう。
「 六道 ( ろくどう ) 衆 ( しゅう ) の一人、 邪 ( じゃ ) 眼 ( がん ) の百々目。無駄な抗いなどなさらぬ方が、姫の御為でありましょうぞ」
「……か、……あっ!」
目の前には不気味な光が輝いていた。


森の滝壺。
「オガル!」
「出て来てや!」
風の様に森を駆け抜けた二人の護り部は、全く息が切れる事無く滝側まで来ると、その淵の主の名前を呼んだ。
「首尾は!? 姫様はご無事か!?」
するとザバリと水面が盛り上がり、河童のような生物が顔を出して答える。そのまま二人の返事を待たずに、ポーンと水面から飛び出してくる。
「それが……、姫様は奴らの手中に」
「いつの間にか、幻斎の手の者が入りこんどったんや!」
「なんだと!!」
二人は紅蘭麻と会ってからの事をオガルに話した。

「バッカモン!! お前等が付いて居ながら何たる不始末!」
オガルは飛び上がって二人の頭をポカリポカリと小突く。
「ッ……痛いわ~」
「面目ない……」


岸辺に降り立ち、悪びれる二人に構わずオガルは空を見上げる。時間的に月は出ていないが、月齢を計算して考え込む。
「満月は……、今晩か。こりゃまずいぜ。あいつらより先に手を打たねえと」
「なんとしても姫様を救い出しましょう」
「せやけど、あいつらも待ち構えとるに違いないで」
「う~む……。こっちは三人。しょうがねぇ……」
オガルは楓と桃花に向き直る。
「二人とも、耳を貸せ」
次へ
Pinpai-TV Pinpai-TVではピンパイアニメの最新作を独占先行配信!
DVDよりも前にチェックできちゃうから、誰よりも先に最新作を見たいキミはチェック!